18年間恨み続けた父を許した時 2013.09.28 Oさん(20代・女性) Tweet この記事は、毎月発刊の月刊「幸福の科学」第217号より転載し、編集を加えたものです。 眠れない日々 「つらい……。死にたい……」 2002年12月、看護師として3つ目の病院に移った私は、ひどい鬱(うつ)状態になりました。 食欲がわかず、偏頭痛に悩まされ、夜も眠れず、自殺願望が頭をもたげます。 鬱になったきっかけは、新しい職場で上司とぶつかり、毎日叱責されるようになったことでした。 実をいえば看護師になって以来、幾度となく職場の人間関係で失敗し、その度に病棟や病院を変わりました。 自分では一生懸命頑張っているつもりなのに、なぜか上司や同僚から小さなミスや仕事のやり方の違いを厳しく注意されるのです。 「あんな言い方じゃ、患者さん気を悪くするよ。もっと優しく言えたんじゃない?」 「あんたより学生の方がよほど役に立つよ」 注意される度に、私は「こんなに頑張ってるのに、なんてひどいことを言うの?」と相手を恨み、同時に「やっぱり私はダメな人間なんだ」と自己否定の思いでいっぱいになりました。 そして周りに心を閉ざし、孤立してしまうのです。 同じパターンで失敗する度に落ち込みました。 前の病院では上司とうまくいかず、体制変更を機に自主退職を迫られました。 3つ目の病院となったここでも、自分を受け入れてもらえず、絶望していたのです。 募る父への恨み 「私がこうなったのも、すべては父との問題に原因があるのでは──」 私が12歳の時、両親が離婚。 父はその1年前から不倫相手の女性と暮らすために家を出ていて、消息不明になっていました。 「私たちを愛してないから捨てたんだ……」 ふさぎこんでいる私に追いうちをかけるように、同級生が心ない言葉を投げつけます。 「お前なんか、父ちゃんいないくせに!」 「うるさい!」 学校でいじめられ、誰も信じられなくなりました。 真っ暗な思いに塗りつぶされた日々のなか、父への恨みが募っていったのです。 「こんなに苦しいのは、すべてアイツのせいだ!」 幸福の科学との出会い 高校生になったころ、母が知り合いに誘われて幸福の科学に入信しました。 暗かった母がしだいに笑顔を取り戻していく姿を目の当たりにし、1992年に私も入信しました。 支部の方々の優しさに触れて、心が少しずつ明るくなっていきました。 でも、父を許すようアドバイスされても、なかなか受け入れることはできませんでした。 1998年、支部でお知らせ文を作るボランティアをしていた時のことです。 看護師になっていた私は、上司に叱られてばかりいることを支部長に相談しました。 「上司を恨む気持ちは、お父さんを恨む気持ちと同じところからきているのかもしれないね。お父さんの愛を感じ取れないことが、あなたの問題なんですよ」 「父の愛なんて、思い出せない……」 しかし、職場の人間関係に行き詰まるにつれ、父のことは「人生の問題集」として取り組んでいかなければと強く感じました。 仏法真理を真剣に学ぶなかで、「人間は生まれる前に人生計画を立てており、どんな厳しい環境であっても、魂修行のために自分で選んできた」という真理を少しずつ理解していきました。 でも、どうしても納得できないことがあったのです。 「なぜ私は父に捨てられなければならなかったの?」 自分で選んで生まれてきた 年が明けて2003年、私は鬱に打ち克とうと思い、支部のボランティア活動に励み、精舎研修を受けていきました。 鬱が多少落ち着いてきた3月のある朝、市役所から封書が届きました。 それは、18年間消息不明だった父の居場所を知らせるものでした。 「どうして今になって──」 驚いた私は、母に通知の手紙が来たことを伝えると、すぐ福祉課に電話をかけました。 「どういうことですか!」 「お父様は今、生活保護を受けていて、引き取り先を探していたんです。そちらの住所が分かったので、お知らせした次第です」 なんて勝手な父だろうと思い、怒りが湧きあがります。 私は相手が福祉課の職員にもかかわらず、これまでの父への恨みつらみをぶつけていました。 その晩、仕事を終えた私は、支部長に父が見つかったことを伝えました。 今まで私が父を恨んできたことを知っている支部長は、静かに言いました。 「Oさん。自分が何をしなきゃいけないか、分かるよね」 「……はい」 自分を変え、人生を変えるためにも、やっぱり父に会って許さなくては──。 会う決意はすぐに固まりましたが、果たして許せるかどうか、毎日心が揺れます。 そして3カ月後。 父と会う前日に、私は心を整理したいと思って、総本山・正心館で「両親に対する反省と感謝」研修を受けました。 不安や葛藤は拭いきれないものの、なるべく心を鎮めて深く考えていきました。 幸福の科学では、一見不幸に見えることも、魂修行のために、自分自身が生まれる前に立ててきた人生計画である場合がある、と教えられています。 だとすれば、私はなぜ父に捨てられる人生を選んできたのだろうか――。 さらに瞑想を深めていくと、父と共に、時代や地域を超えて、何度も一緒に転生してきた情景が、かいま見えてきました。 「父とは過去世からの深い縁があったんだ」 幾転生のなかで、父と私の間にはさまざまな葛藤もあったに違いない。 それが今世の関係に表れている。 だから私は、今世あえて父に捨てられ、その葛藤を乗り越えることで、真の優しさを体得しようと計画したのではないだろうか。 私は、生まれる前に、「私を捨ててください」と、父にわざわざお願いしたのかもしれない。 その人生計画を実行するのは、父にもつらいことだったに違いないけれど、私のために損な役回りを演じてくれたのだろう――。 私は泣き崩れました。 父へのわだかまりが消えていき、父の愛を強く感じることができたのです。 翌日、私は母に見送られ、一人で父の住む街に向かいました。 父との再会 再会した父は、変わり果てていました。 ガサガサの皮膚に皺の刻まれた顔。 昔は凛として頼りがいのあった父が、今ではトンと衝けば弱々しく倒れてしまいそうでした。 私の心の中は、恨みも憎しみもありませんでした。 父は痴呆症のせいか、私や母のことも忘れているようでした。 驚かせてはいけないと思って他人を装いましたが、声が震えます。 「こんにちは、雨ですね。……どこかでお会いしたこと、ありますかね」 「さあ、どうかね」 わずか30分足らずの会話でしたが、父とふれあえる喜びを感じていました。 父がいたからこそ、私はこの世に生まれることができた──。 心の中で何度も「ありがとう」と繰り返しました。最後に、あふれる涙を抑えて父の手を握りしめました。 「長生きしてくださいね。また来ますね!」 18年ぶりに感じた父の掌の温もり──。 心までもあたためてくれたようでした。 多くの愛に包まれていた 父との再会を経て心の重荷がとれたようでした。 しかし、まだどこかスッキリしないものが残っている気がします。 まだ心の中に乗り越えていない問題があると感じて、2003年の暮れ、静岡県の浜名湖畔にある中部正心館で「イエスの霊訓・十箇条」研修を受けました。 公案を深く考えるなかで気づいたのは、私の「不幸を愛する心の傾向性」でした。 私は、父に捨てられたことで、自分を価値のない存在だと、心の底で否定していたのです。 ことあるごとに、「やっぱり私はダメな人間なんだ」と、口にしていた自分が思い出されます。 この自己否定の念いこそ、鬱の“根本原因”だと気づいたのです。 自分に価値がないと思うことがつらくて、「もっと、もっと評価してほしい」と、周りの人から愛を奪い続けてきました。 皆から嫌われるのも当然でした。 自分がいかに間違っていたかに思い至り、涙があふれました。 そのとき、心の中に一つの言葉が響いてきました。 「ありのままの自分を受け入れ、愛し、許しなさい――」 「ああ……。ふがいない私だけど、こんな私でもずっと支えてきてくれた存在がいたんだ。仏の愛に包まれ生きてきたんだ!」 そんな実感が私を包み、魂が癒されていくのを感じました。 そして振り返れば、私を支えてくれる人であふれていたことに気づいたのです。 幸福の科学の仲間、支部長、職場の同僚、上司……。 認めてくれる人もいた、優しくしてくれた人もいた──。 この研修から1年あまり経ちますが、今では自己否定の思いがすっかり消え、鬱に陥ることもなくなりました。 職場の人間関係も少しずつ良くなっています。 元同僚には、「表情が穏やかになってきたね」と言われます。 看護師として優しさを身につけ、愛と真理に生き、人を幸せにしていきたい。 その夢に向かって、これからも一歩ずつ努力していこうと思います。 この記事は、毎月発刊の月刊「幸福の科学」第217号より転載し、編集を加えたものです。 人間関係,信仰との出会い,月刊「幸福の科学」,研修・行事,自殺・鬱(ウツ),親子関係,逆境・スランプ 同じテーマの記事 ご近所づきあいに負けず、娘のいじめを円満解決 2016.03.22 この記事は毎月発刊の機関誌「ヘルメス・エンゼルズ」第144号より転載し、編集を加えたものです。 娘(F)からの告白 長女のFが小学校2年生になってしばらく経った頃、毎日一緒に学校に通っているお隣のA子ちゃんとの関係がうま… 続きを読む 同じテーマの記事 私に気付きを与えてくれた真理の言葉 2016.02.20 本記事は「2015 HAPPY SCIENCE 全世界日本語スピーチ発表会」より、Geoffrey Faun Weng Foong (ジェフリー)さんのスピーチです。スピーチタイトルは、「私に気付きを与えてくれた真理の言… 続きを読む 同じテーマの記事 上司や取引先の態度が激変!――苛立ちには原因があった 2015.08.01 Fさん(30代・男性) この記事は毎月発刊の機関誌「ヤング・ブッダ」第24号より転載し、編集を加えたものです。 社長を務めた後の転職で苦労 私は大学卒業後、父が設立した会社の社長を務めていました。しかし、社長とはいえ個人経営だったため、組織につ… 続きを読む 同じテーマの記事 酒乱の義父が穏やかに――つらかった同居生活もHappyに! 2015.07.17 Cさん(40代・女性) この記事は隔月発刊の機関誌「ザ・伝道」第112号より転載し、編集を加えたものです。 同居してすぐは知らなかった義父の酒癖 「やっぱり俺は、親の面倒みなくちゃなんないから、一緒に実家に住んで」 結婚直前になって、主人が切り… 続きを読む 同じテーマの記事 友達に嫉妬していた私――べったりしすぎない自立した友人関係へ 2015.04.24 Mさん(10代・女性) この記事は毎月発刊の機関誌「ヤング・ブッダ」第24号より転載し、編集を加えたものです。 友達が急に変わり別の子と話すことが増えた 高校2年の終わりごろのことです。私は深い悩みの中にありました。1年生の時からいつも一緒に行… 続きを読む 同じテーマの記事 「尽くし過ぎる恋愛」から脱出!女性不信が解消 2014.08.09 Bさん(10代・男性) この記事は、毎月発刊の機関誌「ヤング・ブッダ」第118号より転載し、編集を加えたものです。 わがままな彼女と付き合い、女性不信に 高校2年生の頃、僕は、誰もが憧れるマドンナ的存在の同学年の女子と付き合っていました。 はじ… 続きを読む 同じテーマの記事 経文『正心法語』のおかげで自分も職場も変わった! 2014.05.23 Kさん(30代・男性・徳島県) この記事は、毎月発刊の機関誌月刊「幸福の科学」第325号より転載し、編集を加えたものです。 数年前、徳島の阿波踊りをきっかけに幸福の科学の会員の方と知り合いました。 その縁で、思い切って幸福の科学の支部に行き、職場の人間… 続きを読む 同じテーマの記事 男性恐怖症を克服!「理解」と「尊敬」で幸せをゲット 2014.05.01 ayaさん(20代・女性) この記事は、毎月発刊の機関誌「ヤング・ブッダ」第122号より転載し、編集を加えたものです。 男性恐怖症 私は25歳で結婚し、今は幸せな結婚生活を送っています。でも、もともとは「男性恐怖症」で、ごく最近まで恋愛ができません… 続きを読む 同じテーマの記事 一歩を踏み出す勇気が友達の輪を広げた! 2014.01.07 Aさん(20代・女性) この記事は、毎月発刊の機関誌「ヤング・ブッダ」第32号より転載し、編集を加えたものです。 心の中にあった壁 私は高校卒業後、持病のアトピー性皮膚炎がひどくなり、一年間自宅で治療に専念することに。外出できなかったので、友達… 続きを読む 同じテーマの記事 NEVER GIVE UPの精神が私を成長させた! 2013.12.20 Kanaさん(20代・女性) この記事は、毎月発刊の機関誌「ヤング・ブッダ」第121号より転載し、編集を加えたものです。 最初のアメリカ留学でまさかの事態に 私が初めて留学をしたのは、高校2年生の8月のことです。約1年間、アメリカ・ウィスコンシン州… 続きを読む 同じテーマの記事 継母との葛藤が解けた! 2013.11.06 ひじきさん(20代・女性・香川県) 父の再婚 私が小学校2年生のときに母が亡くなり、その後、父は男の子の連れ子を持つ女性と再婚しました。 家族が増えてうれしかったのもつかの間、しつけの厳しい義母に対して、私はなかなか心を開けず、家族の中がぎくしゃくする… 続きを読む 同じテーマの記事 自分の中にある長所を発見できた! 2013.10.31 Y・Kさん(20代・女性・群馬県) 私は、学生時代を通して、両親との葛藤があり、他人への恐怖心で苦しんでいました。 しかし、両親の離婚が転機となり、両親との関係を見つめ直し、自分に自信を取り戻すようになりました。 私の体験が、皆さまの参考になれば嬉しいです… 続きを読む 同じテーマの記事 アトピーが治った! 2013.10.16 Mさん(40代・男性) この記事は、この記事は、隔月発刊の「ザ・伝道」第152号より転載し、編集を加えたものです。 アレルギー・マーチ 私は、幼いころからアレルギー体質でした。アトピー性皮膚炎や鼻炎、ぜん息など、症状を変えながらアレルギー反応を… 続きを読む 同じテーマの記事 「いじめ」をなくすキーワード 2013.05.24 Mさん(50代・女性・東京都) 『太陽の法』に出会って 幸福の科学の教えに出会ったのは、結婚して5年ほど経った頃でした。 独身時代は商社勤めで、朝早くから夜遅くまで働く日々でしたが、楽しい仕事に生きがいを感じていました。 ところが、結婚して専業主婦にな… 続きを読む 同じテーマの記事 「ありがとう」と伝えると…… 2013.04.24 できるさん(40代・女性) はじめまして(^-^) 幸福の科学に入会して長い年月がたち、最近幸福の科学の教えを少しづつ、素直に実践できるようになりました。 今までは教えを学んでも「だって○○だから」などと難しく考え、なかなかうまくいきませんでした。… 続きを読む 同じテーマの記事 守護霊が教えてくれた仏陀再誕の真実 2013.01.05 Ronaldさん(20代・男性・福岡県) 私が幸福の科学に入ったきっかけは、知り合いが真理の話をしてくれたことでした。対人関係で悩み、知人に相談したところ、幸福の科学の話をしてくれたのです。 入会した当初は、「なんとなく、成り行きで三帰した」という感覚だったので… 続きを読む 同じテーマの記事 不登校を乗り越えて 2012.10.04 たいしょうさん(10代・男性・東京都) 自分が不登校になった理由は、小学校~中学校のイジメが原因でした。 当時の心の状態は、不幸を愛している傾向にありました。 常に自分が悲劇の主人公の様にしており、自己イメージも相当低く、毎日が本当に辛かったです。 しかしある… 続きを読む 同じテーマの記事 この人は仏陀だ! と涙が止まらなかった 2012.10.03 Wさん(40代・女性・東京都) ギターの先生がしてくれた心の話 私が幸福の科学と出会ったきっかけは、高校1年生の時に母に頼みこんで習い始めたギタースクールでした。 先生が熱心な幸福の科学の信者だったのです。 先生は、レッスンのはじめ10分ほどは、あの世… 続きを読む 同じテーマの記事 祝福をすると自分も相手も発展する 2012.10.03 Yさん(20代・女性・東京都) 私は、祝福の教えを学ぶことで人生観が変わりました。 日本には、業界を問わず、成功者になったとたんに周りの視線が厳しくなり、叩かれて沈んでいく……という悪い循環があると思います。 私自身、小学生の高学年頃から「目立つ人は嫌… 続きを読む 同じテーマの記事 本音で語れる人達 2012.10.03 Aさん(40代・女性・東京都) 幸福の科学の友人は「本音で語れる人達」です。 老若男女、自分の年代と違う人達とも友達になれますし、自分の悪いところを教えてくれて、叱ってくれます。(親以外で叱ってくれる人はなかなかいません)。 そして、自分の良いところは… 続きを読む 同じテーマの記事 「理解する」とは「愛する」こと 2012.10.03 Mさん(20代・女性・神奈川県) 「愛」が好き。 他の宗教や思想などが説いている愛の教えは、基本的に「相手を思いやりなさい」や「相手に対して慈しみと理解を持ちなさい」といった、穏やかで暖かな気持ちのみを強調しているように思うけれど、幸福の科学の愛の教えに… 続きを読む 同じテーマの記事 信仰に生きている人は生き様が美しい 2012.10.03 Mさん(20代・男性・東京都) 幸福の科学に出会い、本当に尊敬できる人ができました。 自分のために生きている人は尊敬はできません。 頭が良いだとか、仕事ができるだとか、弁が立つだとか、能力的なものがいくらあっても、心が美しくなければ尊敬はできません。 … 続きを読む